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神の精神 人間の精神



 

神の精神と人間の精神


@ 科学的な考え方が芽生える


 文型の中心がギリシアに移ると、精神の座の考え方に、やや科学的な思想が目ばえてくる。医学の祖といわれるヒポクラテスは、精神の座を脳髄に求め、てんかんは脳髄の故障であることまで見抜いた。

A プラトンの心

 当時の代表的な思想は哲学者プラトンの考え方である。プラトンは、わたしたちに精神には、「神の精神」と「人間の精神」があり、「神の精神」は脳髄に宿り、「人間の精神」は脊髄に宿ると考えた。

「神の精神」とは理性、知性をうみだす不滅の魂であり、また、「人間の精神」には2種類あって情熱をつくる動物魂と、食欲や性欲をつくる植物魂があると言った。

B 「人間の精神」は内臓が監視

 プラトンは、また「神の精神」は監督する必要はないが、「人間の精神」は野放しできず、胸髄に宿る情熱は心臓で、腰髄や仙髄に宿る食欲、性欲の心は肝臓で監視されていると考えた。脊髄に精神が宿るという考えは意味がないが、脳、脊髄の中枢神経系そのものに精神の座を求めたことは、きわめて現代的な思想といえる。
 
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 精神とは霊気である

@ ガレノスの思想


 プラトンの弟子のアリストテレスは、ふたたび精神心臓説をとりエジプト時代の考え方にもどったが、その後、文明の中心がローマに移るにおよび、精神の座はふたたび脳髄に求められるようになる。この思想を完成したのが、ヒポクラテスとともに古代医学の祖といわれるガレノスである。

A 脳波霊気の倉庫である

 ガレノスは、精神は「精神の気」と呼ばれる一種の霊気によっていとなまれると考えた。この「精神の気」は、脳髄のなかにある腔所(脳室)にたくわえられていてこれが神経のくだをとおって筋肉へ送り出されると筋肉がちぢまり、目や耳の感覚器へ送り込まれると、物が見えたり、音が聞こえたりするという。

 脳髄にある三つの脳室のうちで、前の脳室には感覚や想像をつかさどる霊気が宿り、中央の脳室には思考と理性の、うしろの脳室には記憶と運動をつかさどる霊気が宿るとしたのである。

B 霊気説と心臓説

 精神霊気説は、天文学、物理学、化学をはじめあらゆる自然科学が飛躍的に発展したルネサンスの光も浴びず、デカルトのような徹底した機械論者によっても否定されずに、18世紀まで信じられてきた。

 いっぽうアリストテレス流の心臓説も根強くはびこり、広く信じられていた。

● 心臓説がいかに根強いかは、現在わたしたちが使っている言葉のなかに生きている。ラテン語や英語、ドイツ語、フランス語の心臓という言葉は、同時に心という意味をもっている。日本語でも同じであって、心臓は心の臓器とつづっている。

C 神は心に魂は肝に
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 東洋でも、脳の存在はまったく無視され、精神の座は心臓をはじめとする内臓の諸器官に求められた。神は心に、魂は肝に、精は腎に、魄(はく)は肺に、心は脾(ひ)に宿るという陰陽五行説にのっとった思想である。

⇒ 本能行動の特徴
 




 

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